パース伯爵(英語: Earl of Perth)は、スコットランド貴族の伯爵位の一つ。1605年にパースシャーに土地を所有する第4代ドラモンド卿ジェイムズ・ドラモンドが叙位されたのに始まる。4代伯ジェイムズ・ドラモンドは名誉革命後にジャコバイトに走ったため、1716年に私権剥奪となり、爵位を失ったが(ジャコバイト貴族としてはパース公爵に叙位された)、1853年にジョージ・ドラモンドが貴族院特権委員会によって5代パース伯爵に復権し、以降現在まで続いている。
歴史
ドラモンド家の出自
ドラモンド氏族の先祖はハンガリー王アンドラーシュ1世の王子ジェルジュの息子モーリツ(Maurice)と伝えられる。モーリツは、ノルマン・コンクエストの後エドガー・アシリングやその姉マーガレットに従ってスコットランドへ移住したという。ただしこの出自は伝承の域を出ていない。
記録で最初に確認できるドラモンド氏族の族長は、レノックスのチェンバレンのマルコム(Malcolm)であり、レノックス伯爵の娘エイダと結婚した。1296年のラグマン・ロールズには、エドワード1世に忠誠を誓った者としてダンバートンのギルバート・ド・ドラモンド(Gilbert de Drumund)の名前が出てくる。しかし第一次スコットランド独立戦争中、ドラモンド氏族はスコットランド独立を強く支持した。スコットランド王となったロバート1世は、ドラモンド家にパースシャーの土地を与えた。
パース伯に叙される
スコシア司法官だったジョン・ドラモンド(1438-1519)は、1487/88年1月29日にスコットランド貴族爵位のドラモンド卿(Lord Drummond)に叙位された。
初代ドラモンド卿の来孫である第4代ドラモンド卿ジェイムズ・ドラモンド(1580頃-1611)は、1604/05年2月11日にスコットランド貴族爵位パース伯爵に叙位された。直系・非直系問わず男子に継承される爵位であり、男子のない初代伯の死後、弟のジョン・ドラモンド(1584頃-1662)が2代伯を継承した。
ジャコバイト貴族として
2代伯の孫である4代伯ジェイムズ・ドラモンド(c.1649–1716)は、カトリックに改宗してジェームズ2世の支持者となり、名誉革命後ジャコバイトとなった。1690年にはジャコバイトのスコットランド貴族爵位として「ドラモンド侯爵」(Marquess of Drummond)、「ストーブホール伯爵」(Earl of Stobhall)、「カーギル子爵」(Viscount of Cargill)を与えられ、ついで1701年にはジャコバイトのスコットランド貴族爵位として「パース公爵」(Duke of Perth)に叙位された(ジャコバイト爵位については便宜上「」で記す)。しかし英国本国においては1716年に私権剥奪で称号を喪失した。
その息子で「2代パース公爵」を請求したジェイムズ・ドラモンド(c.1674-1720)もジャコバイトとして1715年ジャコバイト蜂起のシェリフミュアの戦いに騎兵隊を率いて参戦した。その息子の「3代パース公爵」ジェイムズ・ドラモンド(1713-1746)もジャコバイトとして1745年ジャコバイト蜂起のプレストンパンツの戦いやカロデンの戦いに若僭王の指揮下で参加している。その弟の「4代パース公爵」ジョン・ドラモンド(1714-1747)もジャコバイトとしてフォルカーク・ミュアの戦いやカロデンの戦いに参戦している。
彼の死後、「初代パース公爵」の次男であるジョン・ドラモンド(1679-1757)、ついでその弟エドワード・ドラモンド(生年不詳-1760)が「パース公爵」を請求した。エドワードの死後は、「初代パース公爵」の弟でやはりジャコバイト貴族として「メルフォート公爵」に叙位されていた初代メルフォート伯爵ジョン・ドラモンドの先妻との間の孫にあたるジェイムズ・ランディン(1707–1781)が「パース公爵」位を請求するとともにドラモンド姓に改姓した。
その息子である「8代パース公爵」ジェイムズ・ドラモンド(1744-1800)は、1783年にドラモンド家の土地を継承し、1797年10月26日には公式の爵位であるグレートブリテン貴族爵位パース州におけるストーブホールのパース卿、ドラモンド男爵(Lord Perth, Baron Drummond, of Stobhall, co. perth)に叙位されて英国貴族社会に復帰した。しかし1800年7月に男子なくして死去したため、この爵位は彼一代に終わった。この後ドラモンド家の土地は娘のクレメンティナ(第22代アースビーのウィロウビー男爵ピーター・ドラモンド=バレルと結婚)が相続している。
「パース公爵」と「パース伯爵」は「初代メルフォート公爵」の後妻の間の曽孫で「第4代メルフォート公爵(第4代メルフォート伯爵)」であるジェイムズ・ルイス・ドラモンド(1750-1800)に移った(「メルフォート公爵」「メルフォート伯爵」の爵位は後妻の系統に継承される特別継承者の規定があったため、この系統に継承されていた)。ついでその弟チャールズ・エドゥアルド・ドラモンド(1752–1840)、ついでその甥ジョージ・ドラモンド(1807–1902)に受け継がれた。
公式のパース伯爵の復活
「パース公爵」「パース伯爵」「メルフォート公爵」「メルフォート伯爵」などのジャコバイト爵位を有するジョージ・ドラモンドは、1853年6月28日の議会法によりパース伯爵位とメルフォート伯爵位を回復した(公式の立場の代数では第5代パース伯爵、第2代メルフォート伯爵となる)。
彼の死去後、メルフォート伯爵位は廃絶したが、パース伯爵位は2代ドラモンド卿に遡っての分流である第9代ストラサラン子爵ウィリアム・ハントリー・ドラモンド(1871–1937)に継承された(第6代パース伯爵)。これによりストラサラン子爵と、その従属爵位マダーティ卿(Lord Maderty)とクロムリックスのドラモンド卿(Lord Drummond of Cromlix)(いずれもスコットランド貴族爵位)がパース伯爵の従属爵位に加わった。
6代伯の死後、弟ジェイムズ・エリック・ドラモンド(1876–1951)が7代伯、ついでその息子ジョン・デイヴィッド・ドラモンド(1907–2002)が8代伯、さらにその息子ジョン・エリック・ドラモンド(1935-)が9代伯を継承して現在に至っている。
本邸はパースシャーのストブホール。
現当主の保有爵位一覧
現当主ジョン・ドラモンドは、以下の爵位を保有している
- 第9代パース伯爵(9th Earl of Perth)
- (1605年3月4日の勅許状によるスコットランド貴族爵位)
- 第12代ストラサラン子爵(12th Viscount of Strathallan)
- (1686年9月6日の勅許状によるスコットランド貴族爵位)
- 第12代ドラモンド卿(12th Lord Drummond)
- (1487/8年1月29日の勅許状にいるスコットランド貴族爵位)
- 第14代マダーティ卿(14th Lord Maderty)
- (1609年1月31日の勅許状によるスコットランド貴族爵位)
- クロムリックスの第12代ドラモンド卿(12th Lord Drummond of Cromlix)
- (1686年9月6日の勅許状によるスコットランド貴族爵位)
歴代当主
ドラモンド卿 (1488年)
- 初代ドラモンド卿ジョン・ドラモンド (John Drummond, 1438–1519)
- 2代ドラモンド卿デイヴィッド・ドラモンド (David Drummond, c.1515–1571) 先代の曽孫
- 3代ドラモンド卿パトリック・ドラモンド (Patrick Drummond, 1550–1602) 先代の息子
- 4代ドラモンド卿ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, -1611) 先代の息子
- 1605年にパース伯爵に叙位。
パース伯 (1605年)
- 初代パース伯ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, c.1580-1611)
- 2代パース伯ジョン・ドラモンド (John Drummond, c.1584-1662) 先代の弟
- 3代パース伯ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, c.1615–1675) 先代の長男
- 4代パース伯ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, c.1649–1716) 先代の息子
- 1701年ジャコバイト爵位の初代パース公爵に叙位。1716年に非ジャコバイト爵位は私権剥奪により剥奪。
ジャコバイトの「パース公」 (1701年)
- 初代パース公(ジャコバイト)/4代パース伯(ジャコバイト)ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, c.1649–1716) 1675年4代パース伯継承。1701年ジャコバイト爵位パース公に叙位。1716年私権剥奪で非ジャコバイト爵位剥奪
- 2代パース公(ジャコバイト)/5代パース伯(ジャコバイト)ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, c.1674-1720) 先代の長男
- 3代パース公(ジャコバイト)/6代パース伯(ジャコバイト)ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, 1713-1746) 先代の息子
- 4代パース公(ジャコバイト)/7代パース伯(ジャコバイト)ジョン・ドラモンド (John Drummond, 1714-1747) 先代の弟
- 5代パース公(ジャコバイト)/8代パース伯(ジャコバイト)ジョン・ドラモンド (John Drummond, 1679-1757) 先代の叔父
- 6代パース公(ジャコバイト)/9代パース伯(ジャコバイト)エドワード・ドラモンド Edward Drummond, 生年不詳-1760) 先代の弟
- 7代パース公(ジャコバイト)/10代パース伯(ジャコバイト)ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, 1707–1781) 先代の従兄弟の息子。旧姓ランディン
- 8代パース公(ジャコバイト)/11代パース伯(ジャコバイト)ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, 1744-1800) 先代の息子。旧姓ランディン
- 1797年にパース男爵に叙される。
パース男爵 (1797年)
- 初代パース男爵ジェイムズ・ドラモンド (James Drummond, 1744-1800)
- 死後パース男爵廃絶
ジャコバイトの「パース公」 (1701年)
- 9代パース公(ジャコバイト)/12代パース伯(ジャコバイト)/4代メルフォート公(ジャコバイト)/4代メルフォート伯(ジャコバイト)ジェイムズ・ルイス・ドラモンド (James Louis Drummond, 1750-1800) 先代の二従兄弟
- 10代パース公(ジャコバイト)/13代パース伯(ジャコバイト)/5代メルフォート公(ジャコバイト)/5代メルフォート伯(ジャコバイト)チャールズ・エドゥアルド・ドラモンド (Charles Edouard Drummond, 1752–1840) 先代の弟
- 11代パース公(ジャコバイト)/14代パース伯(ジャコバイト)/6代メルフォート公(ジャコバイト)/6代メルフォート伯(ジャコバイト)ジョージ・ドラモンド (George Drummond, 1807–1902) 先代の甥
- 1853年に貴族院特権委員会によりパース伯爵とメルフォート伯爵回復
パース伯 (1605年)
- 5代パース伯/2代メルフォート伯ジョージ・ドラモンド (George Drummond, 1807–1902) 1853年に回復
- 死後、メルフォート伯廃絶。
- 6代パース伯/9代ストラサラン子爵ウィリアム・ハントリー・ドラモンド (William Huntly Drummond, 1871–1937) 2代ドラモンド卿に遡っての分流
- 7代パース伯/10代ストラサラン子爵ジェイムズ・エリック・ドラモンド (James Eric Drummond, 1876–1951) 先代の弟
- 8代パース伯/11代ストラサラン子爵ジョン・デイヴィッド・ドラモンド (John David Drummond, 1907–2002) 先代の息子
- 9代パース伯/12代ストラサラン子爵ジョン・エリック・ドラモンド (1935-) 先代の息子
- 法定推定相続人はジェイムズ・デイヴィッド・ドラモンド (1965-)
系図
出典


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